PROFILE

人とAIが、会社の歴史を知ったうえで働ける組織へ
T.T.
早稲田大学卒業後、DACに入社しアドテクノロジー商品全般の推進を担当。その後、プログラマティック領域を専門とする子会社のプラットフォーム・ワン立ち上げメンバーとして出向、DSP・SSPの自社プロダクトの推進を経験し、取締役副社長として従事。 GEM PartnersではCPDO(Chief People Development Officer)などを担当。
まず、現在のミッションについて教えてください。
CPDOとして、そしてAIイノベーション室の室長として、二つの役割を担っています。CPDOのミッションは、一人ひとりのメンバーが自らの強みを理解し、それを最大限に発揮できる環境をつくること。そして、専門領域を超えた協働を通じて、新たな価値を創出できる組織へと進化させることです。この考え方自体は以前からずっと変わっていません。
一方でAIイノベーション室は、社内の業務にAIを組み込んでいく役割を持っています。名前だけを見ると、人を育てる仕事とAIを推進する仕事は別々のもののように見えると思います。
ただ、私のなかではこの二つは完全に地続きになっています。人を育てることと、AIを配ること。この二つは、GEM Partnersにおいては同じ活動です。
人財開発の責任者が、なぜAIの推進も担っているのですか?
人財開発の中心にある課題として、ずっと考えてきたことがあります。ある部門でうまくいったやり方が、その部門のなかだけで完結してしまう。誰かが時間をかけて身につけた知見が、その人の頭のなかに留まったままになる。知見も手法も、仮説を立てて検証していくプロセスも、生まれた場所から動かない。この状態を変えて、どのチームでも同じように挑戦と学習の循環が起きる組織にしたいと考えていました。
正直に言うと、長いあいだ具体的な手段を持っていませんでした。ドキュメントを書きましょう、勉強会をやりましょう、という話にはなるのですが、それだけでは知見は流れていきません。書いても読まれない、共有しても使われない。多くの会社が同じ壁にぶつかっているのではないかと思います。
この課題に対する答えとして、私はAIに行き着きました。
人が読むためのドキュメントではなく、AIが読み取って必要なときに差し出してくれる形にする。そうすると、知見は探されるのを待つ状態から、必要なときに向こうからやってくる状態に変わります。属人的だったノウハウを、誰でも呼び出せる形にして配る。これが人財開発の手段としてのAIです。
なので私にとって、AIイノベーション室の仕事は人財開発から派生した仕事ではなく、人財開発そのものなんです。育成の手段が変わっただけ、という感覚に近いですね。
具体的な取り組みについて教えてください。
大きく分けて、人に投資する仕組みと、知識を配る仕組みの両方を動かしています。人に投資する仕組みとしては、成長支援制度を運営しています。エンタメ体験補助制度、ビジネス書籍購入補助制度、研修・学習補助制度、入社時研修制度の四つです。エンタメ業界でビジネスを行う会社として、作品に触れること自体を研究調査活動として位置づけている点は、当社らしい制度だと思います。
あわせて、AIを使える環境そのものも整えました。希望する社員は、ClaudeとChatGPTを法人契約で使えるようにしています。手を挙げれば誰でも使えるという形にしているのは、使ってみたいと思った瞬間に試せることが何より大事だと考えているからです。申請して待つあいだに熱が冷めてしまっては意味がありません。
そして、配って終わりにはしないようにしています。誰がどのくらい使っているのか、どんな使い方で成果が出たのかを社内で共有しながら進めています。うまくいった事例が見えると、それなら自分の仕事でも試してみようという人が出てきます。AIとともに働く組織にしていくというのは、こうした積み重ねだと思っています。
知識を配る仕組みとしては、社内のナレッジ基盤を作りました。gem-brain と呼んでいるもので、2026年6月から動いています。
ここには、お客様とのこれまでのやりとりや、私たちが扱っている調査データの読み解き方が入っています。以前はこうした知識の多くが、その領域を長く担当してきた特定の人の頭のなかにありました。それを、全社員が自分の手元から引ける形に変えたのが gem-brain です。
私がこの基盤で実現したかったのは、人とAIが、会社の歴史を知ったうえで仕事ができる状態です。
過去にどんな提案をして、何が喜ばれて、何がうまくいかなかったのか。その蓄積にアクセスできるかどうかで、仕事の質は大きく変わります。そしてこれは、入社したばかりの方ほど恩恵が大きい仕組みでもあります。会社の歴史を知らないという入社直後のハンディを、かなりの部分まで埋められるようになりました。
もう一つ、AIイノベーション室そのものの作り方にも考え方が表れています。
この室は、中央に専門チームを置いて全社に号令をかける形にしていません。顧客対応、調査、広告運用、データ、企画編集、経営管理という六つの領域それぞれに担当を置いて、その部署の業務のなかに入り込む形にしています。
業務を知らない人がAIを配っても、現場では使われません。逆に、その部署の仕事がわかっている人が入っていけば、どこにAIを効かせるべきかが具体的に見えます。だから配置をそういう形にしました。
そして私自身も、毎日AIを動かしています。制度を設計する側の人間が使っていないものを、メンバーに勧めることはできないと思っているので。実際に自分の業務で使ってみて、どこで効いてどこで効かないのかを掴んだうえで、次に何を配るかを決めています。
AIを配れば、組織は変わるのですか?
変わりません。これは実際にやってみてわかったことです。基盤を作って、使える環境を整えて、さあどうぞと配る。それだけでは組織は変わりませんでした。使う人はどんどん使うし、使わない人は触れないまま過ぎていく。差が開いていくだけなんです。
配ったあとに何が必要なのか。私はそれを、編曲だと考えています。
少し個人的な話になりますが、私は中学と高校の六年間、指揮をしていました。そのときに学んだことがあります。指揮者の腕の見せ所は、曲をどう解釈するかではないんです。今いる団員で、その曲をどう鳴らすか。そこが本当の勝負どころでした。
ベルリン・フィルのような一流の楽団なら、譜面のとおりに振ればいい。でも学生のオーケストラはそうはいきません。この子の音域ではこのパートは苦しい、だったら別のパートに移そう。ここは人数が足りないから、別の楽器で補おう。そうやって、今いるメンバーに合わせて曲そのものを組み替えていく。それが編曲です。
AIが入ってきた組織で起きているのは、まさにこれと同じことだと思っています。
今のAIは、はっきり言って名奏者級に巧いです。任せればメインの旋律をきれいに弾いてくれる。ただ、そこで人間が同じパートを担当していると、どうしても負けてしまう場面が出てきます。そのときに指揮者がやるべきなのは、人間に「もっと頑張れ」と言うことではありません。AIの音量を抑えて、人間には違うパートを渡すことです。
つまり、AIにできることを、あえてAIにやらせない判断が要るということです。
効率だけで考えれば、巧いほうに全部任せたほうがいい。でも組織には人がいて、その人たちが力を発揮できる場所を作るのが私の仕事です。だから、AIの音量をどこまで上げるか、どのパートを人に残すかを一つひとつ決めていく。この編曲作業こそが、AI時代の人財開発だと思っています。
この判断が一番難しいです。
同じ仕事を、AIのほうがずっと速く、ずっと安くやれてしまうと見えてしまう瞬間があります。そのときに、それでもその人にパートを渡す理由を作れるかどうか。ここは楽な問いではありません。難しくないふりをするつもりもありません。
ただ、答えはあると思っています。その人が育っていく時間に投資するという理由。会社として雇用に責任を持つという理由。そして何より、AIには持てない価値がその人にあるという理由です。お客様との関係のなかで積み上げてきた信頼、その場の空気を読んで判断を変えられる勘の良さ、チームの誰かの様子がいつもと違うと気づく目。こういうものは譜面には書けません。
なので私は、この人にしか弾けないパートは何か?という問いから始めるようにしています。
どんな人と一緒に働きたいですか?
編曲する側に回れる人と働きたいです。
全員がAIを使えるようになることが目的ではありません。使えること自体は、これから当たり前になっていきます。そうではなくて、自分の仕事を見渡して、ここはAIに任せよう、ここは自分がやったほうがいいと切り分けられる人。その判断ができる人が、これからの組織では強いと思っています。
もう一つは、自分から動ける方です。
当社は、変化のスピードが速い会社です。AIの入り方も、商品の作り方も、一年前とは違う形になっています。そういう環境では、誰かが整えてくれるのを待っていると、面白い場面を逃してしまいます。逆に、自分で課題を見つけて手を動かす方には、会社として本気で投資します。制度も、環境も、権限も、そういう方に届くように設計してきました。
エンタメが好きであることも、大切な資質だと思っています。私たちが扱っているのは、誰かの人生を変えるかもしれない作品のデータです。その価値がわかる人と一緒に仕事がしたいですね。
AIが入ってきたことで、この会社でできることの幅は確実に広がりました。同時に、何を人がやるべきかという問いも、はっきりと目の前に置かれるようになりました。答えが決まっていない問いに、自分の手で答えを出していける環境です。
データ、マーケティング、そしてエンタメへの情熱。そのすべてを掛け合わせながら、業界を進化させたい方にとって、ここほど自由に挑戦できる場所はないと思います。
自ら考え、動き、変化を起こす。その連続が、GEMの文化です。
エンタメの未来を、一緒に創っていきましょう。
2026年7月29日時点






